無くしてからでは、もう手に入らない鏝がある。

名工の鏝|失われゆく至宝と、今を生きる希少な道具たち

左官の仕上がりは、材料だけでは決まらない。どんな鏝を選び、どの角度で当て、どこで力を抜くのか。そのわずかな違いが、壁や床、テクスチャの質感を静かに変えていく。写真の鏝は、「山西 青紙1号別誂本焼上塗鏝黒柄」。210㎜と225㎜。上塗り仕上げに用いられる左官鏝であり、表面を均一に整えるためだけの道具ではない。押さえ込みすぎず、光を柔らかく流し、素材の粒子感をわずかに残す。その絶妙な“止め際”を探るための鏝でもある。本焼ならではのしなやかさ。青紙鋼特有の粘り。

黒柄を握った瞬間に伝わる重心の安定感。長年、特殊左官の現場では、こうした鏝が質感を支えてきた。しかし近年、その鏝を打てる鍛冶屋は確実に減っている。一本の鏝を仕上げるまでに必要な火入れ、焼き戻し、刃の調整。その積み重ねは、簡単に量産できるものではない。だから今、現場では「道具を使う」より先に、「残せるうちに持っておく」という感覚が静かに広がり始めている。内村工業株式会社でも、左官道具や左官鏝を単なる消耗品としては扱わない。鏝の違いは、そのまま空間価値の違いとして現れるからだ。失われてから探しても、もう同じものには出会えない。それは左官材料ではなく、鏝という道具も同じなのかもしれない。

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