質感とは、見ることで触れる記憶である

第7章|触れなくても伝わる。視覚がつくる触覚の印象

私たちは、必ずしも触れてから質感を判断しているわけではありません。壁や床、家具の表面を見た瞬間に、「冷たそう」「やわらかそう」「ざらついていそう」と感じることがあります。触覚の印象は、実際の接触よりも先に、視覚によって立ち上がっているのかもしれません。質感とは、単なる表面の見た目ではなく、視覚と触覚の記憶が重なり合って成立する知覚の現象です。光の反射、陰影の深さ、凹凸の細かさ、色の揺らぎ。それらを目で読み取ることで、私たちは無意識のうちに過去の触覚経験を呼び起こしています。つまり、質感は「見ること」と「触れた記憶」が交差する場所に生まれます。左官の仕事は、この視覚がつくる触覚の印象を空間へ定着させることにあります。表面のわずかな凹凸や鏝の動き、素材の粒子の見え方によって、硬さ、温度、重さの印象までが変化します。実際に触れなくても、その空間の空気感や素材の存在感が伝わるのは、視覚によって触覚が喚起されているからです。空間価値とは、実際の材料以上に、どのような触覚の記憶を呼び起こすかによって決まるのかもしれません。質感とは、見ることで触れるための、建築における静かな設計なのです。

ページトップへ