開けてしまったあとに残るもの ―― モザイクアートタイル《パンドラの箱》

《パンドラの箱》は、物語をなぞる作品ではない。箱が開かれた瞬間に広がる混乱や恐れ、その後に訪れる静けさ。その時間の断層を、モザイクアートタイルという物質に置き換えた表現である。制作を手がけた私(内村順一)は、象徴的な形を与えることよりも、感情が拡散していく過程に焦点を当てている。

タイルは規則正しく並ばない。割り取られた断片は、あえて方向を揃えず配置され、視線を一箇所に留めさせない。明るさと暗さ、滑らかさと荒さ。その対比が画面全体に緊張を生み、秩序が崩れる瞬間の不安定さを想起させる。色調は抑制され、感情を直接的に語らない。光が当たると、タイルの表情は細かく分裂し、見る位置によって印象が変わる。近づけば素材の重量感が迫り、離れれば全体像が曖昧になる。その揺れが、物語の余韻として空間に残る。

制作の過程では、完成図を固定しない。配置し、離れて眺め、また動かす。その繰り返しの中で、最も緊張が保たれる地点を探り続ける。結果として生まれるのは、答えを提示しない作品だ。《パンドラの箱》は、見る者に解釈を委ねる。開けたあとの感情を、それぞれの記憶と重ね合わせるための、静かな装置としてそこに在り続ける。

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